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[C111] 心があたたまる

朝から心が温まって涙目です。素敵なお話聞かせていただいてありがとう。私もそんな素敵な子育てがしたいです。
  • 2006-12-12
  • 投稿者 : モモ
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[C114]

出会いによって 見えていなかったものが見えてくる。
自分の偏見に気が付く。
そして これでいいんだと 自分の肯定が出来るようになる。
素敵な出会いに乾杯ですv-275
  • 2006-12-13
  • 投稿者 : pirorin
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[C115] モモさんへ

私も素敵な子育て歴だなあって、じんわり涙目になって聞き入りました。
無我夢中で子育てした後、振り返ってどんな気持ちになるのか、心配半分、楽しみ半分です。
  • 2006-12-15
  • 投稿者 : むく
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[C116] pirorinさんへ

ホントにそうですね。
出会いのきっかけをくれたこはるに乾杯v-275
ホントの乾杯しましょうねv-238
  • 2006-12-16
  • 投稿者 : むく
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子育て歴、23年

あ、当然私のことではないです398

月2回行っている療育施設で、成人したダウン症のお子さんをお持ちの大先輩ママが、これまでの子育てについてお話をしてくれました。

といっても、毎月1回、ダウン症児を持っているママ達のためにご自宅を開放していただいてるので、何度もお会いしている方。
どんなお話かな~と車座になって聞き始めた。


まずは生まれてきた命の尊さ、有り難さに心から「おめでとう」と言ってくれた。
何度か流産経験があった中で「どうしても生まれてきたかった命だった」と、ご自身のダウン症のお子さんのことを話していた。

染色体異常があると、普通は「生きていくのが難しい」と命が淘汰され、「流産」という形でこの世に生まれてくることはないんだそう。
それが母体の状態が良かったりすると、元気に?生まれてくるらしい。

最初ダウン症だと分からずに、育ちの悪いわが子を心配したこと、
ダウン症だと分かったときに、私達と同じように泣いて将来を悲観したこと、
福祉が進んでいる国を視察してきた大学病院の先生に、「そこでは健常の人も、障がいがある人も小さいときから一緒に生活している」と言われたこと・・・。

今もあまり変わらない部分もあるけど、昔は障がい者が身内にいることを「隠して」いた時代。
その頃に小さいうちから「当たり前に」、障がいを持っている子を隠さず、地域で子育てしていこうと思ったのは、こうした「いい出会い」があったおかげとおっしゃっていた。

小さいうちから健常者と障がい者を分けてしまえば、存在を知らないまま大人になってしまう。
もし知るとすれば、大人になってから「福祉」という窓口でしか知りえない。
それでは相手の人格を認めて接するような考え方になるのは難しいよな、と思った。

だって、やっぱり自分がそうだもの。
こはるが生まれなかったら、きっとそうだったと思うもの。

話は続く。
ご主人の転勤で何とか「入れてもらった」幼稚園で、障がい児を預かったことがなかった若い保母さんに、「やってみましょう」と言ってもらえたのが嬉しかったこと、
翌年、幼稚園の親の会代表をお願いされ、障がい児を「入れていただいている身」と思っていたけど、堂々としていいんだと思ったこと、

小学校に入り、健常のお子さんと同じように行事に参加出来る地域の子供会に恵まれたこと、
小学校高学年から高校2年生ぐらいまで、あんなに元気に通っていた学校に行かなくなり、自分の部屋に閉じこもって、自分の学習机に一日中座ったままうつむいているお子さんを見るのがとても辛かったこと・・・・。

登校拒否になった当時、一日中座り続けた椅子の足は畳に深く食い込んで、4つの溝になってしまっていたと聞いて胸が痛くなった。
誰が悪い?学校が悪い?同級生が悪い?社会が悪い?と犯人探しばかりしていたということを聞いて、また辛くなった。

でもね、と話は続いた。
小さい頃から自分のことは自分で決めるように育ててきた。
そのとき学校に行きたくない理由があって、意志を通したんだと今は思える。
ちゃんと情緒や気持ちが育っていて、ちゃんと思春期が来ていたのに、「障がいを持っているから、親が何とかしなくちゃ」と自分が子離れ出来ていなかった、とお話してくれた。

その後ご自身が大病をされ、ご主人は単身赴任、お兄さんは家を離れていたのでダウン症のお子さん一人が家に残されることとなった。

でも、カップラーメンが作れたこと(飢え死にしない!)
一人で買い物が出来たこと(カップラーメンが買いに行ける!)
一人で留守番が出来たこと、
何かあればご近所にSOSが出せるお付き合いがあったこと、
何より、小さなときからいろんなところに連れて行き、いろんな人と接していたおかげで、人とのコミュニケーションがちゃんと出来たこと・・・。

だから「何とか大丈夫」と思ったそう。

生活力とでも言うのかしら?
生きていく術が身についているのって、大事だなと思った。

現在、そのお子さんは障がいを持った人が働く作業所に通いながら、プロのダンサーとして活動している。
国内はもとより、海外公演にも赴くというので驚いた。
団員のみんなと飲みに出掛けたり、作業所の帰りに友人と街中ブラブラしたりと、ごく普通の23歳を謳歌しているという。

23年前ダウン症だと宣告されたとき、こんな穏やかな日常が待っているとは思っていなかった、と最後に締めくくってお話が終わった。
話を聞き終わって、何だか嬉しい気持ちになれた。

親がもがいてもがいて子どもと向き合った子育てだったんだなあ、って思った。
もがいている姿を見せながら、子どもの人格を尊重した子育て。
障がいがあってもなくても、向き合い方は一緒なのよ、と言われたような気がした。

20数年後、こうして新しくママになった人たちに、自分は前向きな気持ちにさせる話が出来ているのかな。

実はこの翌々日、大先輩ママのお宅にお邪魔して講演の感想を聞いてもらったりした。
その時にまた「追加」でいいお話がきけたので、また追って書きたいなと思ってます。 

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4件のコメント

[C111] 心があたたまる

朝から心が温まって涙目です。素敵なお話聞かせていただいてありがとう。私もそんな素敵な子育てがしたいです。
  • 2006-12-12
  • 投稿者 : モモ
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出会いによって 見えていなかったものが見えてくる。
自分の偏見に気が付く。
そして これでいいんだと 自分の肯定が出来るようになる。
素敵な出会いに乾杯ですv-275
  • 2006-12-13
  • 投稿者 : pirorin
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[C115] モモさんへ

私も素敵な子育て歴だなあって、じんわり涙目になって聞き入りました。
無我夢中で子育てした後、振り返ってどんな気持ちになるのか、心配半分、楽しみ半分です。
  • 2006-12-15
  • 投稿者 : むく
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ホントにそうですね。
出会いのきっかけをくれたこはるに乾杯v-275
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  • 2006-12-16
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2006年1月生まれ。ダウン症。染色体を1本多く持って生まれてきた。ゆっくり、だけど元気に成長中。

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